「実家を売って施設費に充てたい」「相続税対策で不動産を整理したい」と思った時、所有者である親が認知症で意思能力を欠く状態だと、子が代理で売ることは原則できません。
ここでは、現場でよく相談を受ける認知症の親の不動産をめぐる選択肢を、実務目線で整理します。
なぜ子が勝手に売れないのか
不動産の売買契約は、所有者本人の意思に基づく合意が必要です。意思能力を欠く状態でなされた契約は、民法3条の2により無効となります。
「親の代理で署名する」「実印さえ押せば大丈夫」と考える方がいますが、これは私文書偽造罪・詐欺罪のリスクを負う行為です。司法書士は登記申請時に本人確認をするため、ほぼ確実に止められます。
選択肢1:法定後見(成年後見・保佐・補助)
概要
家庭裁判所に申立てを行い、後見人・保佐人・補助人が選任されます。本人の判断能力に応じて以下の3類型があります:
| 類型 | 対象 | 代理権 |
|---|---|---|
| 後見 | 判断能力を欠く常況 | 包括的代理権 |
| 保佐 | 判断能力が著しく不十分 | 重要行為のみ |
| 補助 | 判断能力が不十分 | 申立ての範囲 |
居住用不動産の売却には家庭裁判所の許可が必要
成年被後見人の居住用不動産を処分するには、民法859条の3により家庭裁判所の許可が必要です。許可なく行った処分は無効です。許可は「本人のために必要であること」が要件で、施設入所費用の捻出など合理的な理由が求められます。
期間・費用感
- 申立てから後見人選任まで:2〜4か月
- 居住用不動産売却の家裁許可:1〜2か月
- 司法書士・弁護士に依頼した場合の申立て報酬:15〜30万円
- 後見人報酬(年額):管理財産額に応じて家庭裁判所が個別決定(最高裁判所「成年後見人等の報酬額のめやす」が参考。具体額は事案ごと)
時間も費用もかかるため、施設入所費用が逼迫している場合は早期着手が必要です。
選択肢2:任意後見
概要
判断能力があるうちに、本人と任意後見受任者が公正証書で契約しておく方式です。本人の判断能力が低下した時点で、家庭裁判所に任意後見監督人選任の申立てを行うと、契約が発効します。
メリット
- 受任者を本人が選べる(家族でも可)
- 代理権の範囲を契約で定められる
- 法定後見より柔軟
デメリット
- 契約時点で意思能力が必要(既に認知症が進行していると使えない)
- 任意後見監督人が必要(弁護士等が選任される)
- 居住用不動産の処分には監督人の同意・家裁の関与が事実上必要
選択肢3:家族信託
概要
信託契約により、本人(委託者)が財産の管理・処分権限を**家族(受託者)**に託す仕組みです。受託者は信託契約に基づき不動産売却が可能で、後見制度を使わずに済みます。
メリット
- 後見制度より柔軟
- 売却・賃貸・管理を受託者がスムーズに行える
- 二次相続まで設計できる
デメリット
- 契約時点で意思能力が必要
- 信託契約の設計に専門知識が必要(弁護士・信託専門家への依頼で50〜100万円程度)
- 信託登記が必要
どれを選ぶか
| 状況 | 推奨制度 |
|---|---|
| 既に認知症が進行している | 法定後見一択 |
| 判断能力ありで予防策を打ちたい | 任意後見 or 家族信託 |
| 不動産の管理・処分を柔軟にしたい | 家族信託 |
| 身上監護(介護・医療)も任せたい | 任意後見 |
まとめ
認知症の親の不動産売却は、思い立った時点で選べる選択肢が大きく変わる領域です。判断能力があるうちに任意後見や家族信託で備えておけば、いざという時に半年〜1年の遅延を避けられます。
既に判断能力が低下している場合は、法定後見の申立てが必要です。家庭裁判所の運用や居住用不動産の処分許可など、専門知識が必要な領域なので、早めに弁護士・司法書士・税理士など専門家への相談をおすすめします。
当社でも、提携の弁護士・司法書士・税理士と連携して相続不動産のご相談に対応していますので、お問い合わせフォームからご連絡ください。