不在者財産管理人の選任:行方不明の相続人がいる場合の手続き

行方不明の相続人がいると遺産分割が進まない。不在者財産管理人の選任手続き・必要書類・費用・期間・権限外行為許可まで、民法条文を交えて専門家が詳しく解説します。

行方不明の相続人がいると相続手続きが止まる理由

相続が発生したとき、相続人の中に「連絡がまったく取れない」「長年消息不明になっている」という方がいるケースは、決して珍しくありません。しかし、遺産分割協議(相続人全員で遺産の分け方を話し合う手続き)は、相続人全員の合意が必要であり、一人でも欠けると成立しません(民法第907条)。

連絡がつかない相続人を無視して手続きを進めることは法的に認められず、放置すれば不動産の名義変更や預貯金の解約ができないまま「塩漬け」状態になってしまいます。2024年4月1日からは相続登記の申請が義務化(不動産登記法第76条の2)され、原則として相続を知った日から3年以内に登記しなければ10万円以下の過料の対象となりました。こうした状況で活用できるのが、**「不在者財産管理人」**の制度です。


不在者財産管理人とは何か

「不在者財産管理人」とは、従来の住所や居所を去り、容易に戻る見込みのない者(不在者)の財産を保護・管理するために、家庭裁判所が選任する管理人のことです(民法第25条)。

不在者本人に代わって財産を管理するだけでなく、家庭裁判所の許可を得ることで遺産分割協議にも参加できます。これにより、行方不明の相続人がいても遺産分割を進められるようになります。

なお、「失踪宣告」(民法第30条)と混同されることがありますが、失踪宣告は法律上その人を「死亡したもの」とみなす制度であり、不在者財産管理人とは目的・手続きともに異なります。行方不明期間が7年未満の場合や、本人が生存している可能性がある場合は、まず不在者財産管理人の選任が現実的な選択肢となります。


選任申立の手続きと必要書類

申立先と申立権者

申立先は不在者の従来の住所地または居所地を管轄する家庭裁判所です(家事事件手続法第145条)。

申立ができる人は、利害関係人(他の相続人・債権者など)または検察官です。相続に絡む場合、ほかの相続人が申立人となるのが一般的です。

主な必要書類

家庭裁判所への申立には、一般的に以下の書類が必要です(裁判所が公表している書式を参照)。

書類入手先
申立書(書式は裁判所HP)家庭裁判所または裁判所HP
不在者の戸籍謄本・戸籍の附票本籍地の市区町村役場
申立人の戸籍謄本本籍地の市区町村役場
不在の事実を証明する資料警察の受理番号・近隣住民の陳述書など
財産目録・不動産の登記事項証明書法務局
管理人候補者(弁護士等)の履歴書や同意書候補者から入手

申立手数料は収入印紙800円のほか、予納郵便切手が必要です。また、管理人への報酬を賄うため、裁判所から予納金(目安として数十万円程度)の納付を求められる場合があります。予納金の額は財産の規模や事案の複雑さによって異なります。

審理と選任まで

申立後、裁判所が不在者の不在状況・財産状況を調査し、通常数週間〜数か月程度で管理人が選任されます。管理人には弁護士や司法書士が選ばれることが多く、申立人が推薦した候補者が選任されるケースも少なくありません。


遺産分割協議における不在者財産管理人の権限と注意点

家庭裁判所の「権限外行為許可」が必要

不在者財産管理人は選任後、日常的な財産保存行為(管理行為)であれば単独で行えますが、遺産分割協議への参加・合意は「処分行為」にあたり、家庭裁判所の権限外行為許可(民法第28条)が必要です。

許可申請には、遺産分割の具体的な内容(誰がどの財産を取得するか)を記載した協議書案を添付します。裁判所は不在者の利益が不当に害されていないかを審査するため、不在者の法定相続分(民法第900条)を大きく下回る内容では許可が得られない場合があります。実務上は、不在者に法定相続分相当の財産を確保する内容とすることが基本です。

管理人が取得した財産の扱い

遺産分割で不在者の取り分として確保された財産は、管理人が引き続き管理します。その後、不在者が帰来すれば本人に返還し、引き続き行方不明の場合は失踪宣告の申立(民法第30条・第31条)などを検討することになります。

管理人の辞任と終了

管理人の任務は、①不在者が帰来した場合、②不在者の死亡が確認された場合、③失踪宣告が確定した場合、④家庭裁判所が選任を取り消した場合などに終了します。


手続きにかかる期間・費用の目安

期間の目安

フェーズ目安期間
書類収集・申立書作成2〜4週間
裁判所の審理・選任1〜3か月
権限外行為許可の申請・審理1〜2か月
遺産分割協議書の作成・署名2〜4週間

全体として半年〜1年程度かかるケースが多く、財産が複雑な場合はさらに長期化することがあります。

費用の目安

  • 申立手数料:収入印紙800円+郵便切手代(裁判所により異なる)
  • 予納金:数十万円〜(財産規模による。裁判所に事前確認が必要)
  • 管理人報酬:予納金や管理財産から支払われる。業務量・財産規模に応じて裁判所が決定
  • 専門家(弁護士・司法書士)への依頼費用:申立代理や書類作成を依頼する場合、別途費用が発生

費用は最終的に不在者の財産から賄われることが基本ですが、財産が少ない場合は申立人が負担せざるを得ないこともあります。


専門家への相談が重要な理由

不在者財産管理人の選任は、家庭裁判所への申立から権限外行為許可の取得まで、複数の法的手続きが絡み合う複雑なプロセスです。特に以下のような場合は、早期に弁護士や司法書士へ相談することを強くお勧めします。

  • 不在期間が長く、失踪宣告との選択を検討すべきケース
  • 相続財産に不動産が含まれており、相続登記の期限が迫っているケース
  • 遺産分割で不在者に法定相続分を確保しにくい財産構成のケース
  • 不在者の所在に関する情報が全くなく、書類収集が困難なケース

法務省が公表する統計によれば、不在者財産管理人に関する審判事件の申立件数は近年増加傾向にあり(法務省・司法統計年報)、相続登記義務化を背景にさらに増加することが見込まれています。手続きを先送りにするほど状況は複雑になりますので、まずは専門家へ現状を相談するところから始めましょう。


個別事情により取扱は異なります。専門家へご相談ください。

よくある質問

不在者財産管理人の選任は誰でも申立できますか?
申立できるのは「利害関係人」または「検察官」です(民法第25条)。相続の場合、ほかの相続人や相続債権者が利害関係人として申立人になるのが一般的です。利害関係があることを疎明(簡易な証明)する資料を添付する必要があります。
不在者と失踪宣告はどう違いますか?
不在者財産管理人は行方不明者の財産を管理・保護する制度であり、本人は生存しているものとして扱われます。一方、失踪宣告(民法第30条)は、普通失踪で7年以上、危難失踪で1年以上行方不明の場合に法律上「死亡したもの」とみなす制度です。相続では失踪宣告が確定すると相続人として扱われなくなります。それぞれ目的・要件・効果が異なります。
不在者の取り分(相続分)を減らした内容で遺産分割はできますか?
裁判所の権限外行為許可(民法第28条)を得る際、裁判所は不在者の利益保護の観点から内容を審査します。不在者の法定相続分(民法第900条)を大幅に下回る内容では許可が得られない場合が多いです。実務上は不在者に法定相続分相当の財産を確保する内容とすることが基本的な考え方です。
管理人に選ばれた弁護士への報酬はどこから支払われますか?
管理人の報酬は、原則として不在者の財産(管理財産)から支払われます。ただし、不在者の財産が少ない場合や財産がない場合は、申立時に裁判所へ予納した予納金から支払われることがあります。予納金が尽きると管理を継続できなくなる場合もあるため、申立前に裁判所に確認することが重要です。
不在者が後から戻ってきた場合、遺産分割の効力はどうなりますか?
不在者財産管理人が裁判所の権限外行為許可を得て締結した遺産分割協議は有効です。不在者が帰来しても原則として協議は覆りません。管理人が保全していた不在者の取り分の財産が本人に返還されることになります。ただし、管理人が権限を逸脱した行為を行っていた場合は別途問題が生じる可能性があります。
相続登記の義務化と不在者財産管理人の関係を教えてください。
2024年4月1日施行の改正不動産登記法(第76条の2)により、相続を知った日から3年以内に相続登記を申請しない場合、10万円以下の過料の対象となりました。行方不明の相続人がいる場合は遺産分割ができないため、不在者財産管理人の選任が必要になるケースが増えています。なお、相続人申告登記(第76条の3)という簡易な暫定措置もあるため、専門家に相談の上、最適な方法を選ぶことが重要です。

出典・参考