この記事でわかること
- 原状回復における「経年劣化・通常損耗は貸主負担」という大原則
- 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の位置づけと使い方
- 借主負担となる「故意・過失・善管注意義務違反」の具体例
- 2020年4月施行の改正民法621条で原状回復義務がどう明文化されたか
- 敷金が返ってこないときの相談窓口と「少額訴訟」という選択肢
賃貸退去時の原状回復で借主が負担するのは、故意・過失や手入れ不足による損傷に限られ、家具設置によるへこみや日焼けなどの経年劣化・通常損耗は貸主負担が原則です。この線引きは国土交通省のガイドラインと改正民法621条で確認できます。
先月、ご相談者様から「3年住んだワンルームを退去したら、ハウスクリーニング代と壁紙の全面張り替え費用を敷金から差し引かれ、追加で5万円請求された」というご相談を受けました。お話を伺うと、壁の汚れは日常生活でついた程度のもので、借主の過失と呼べるものではありませんでした。私は業界24年の不動産コンサルタントとして数多くの敷金トラブルを見てきましたが、こうした「通常損耗まで借主に負わせる」請求は決して珍しくありません。正しい知識があれば、不要な支払いを避けられたケースです。
原状回復とは「入居時の状態に戻すこと」ではない
多くの方が誤解されているのが、原状回復の意味です。原状回復とは「部屋を借りたときのピカピカの状態に戻す」ことではありません。
国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、原状回復を次のように定義しています。
賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること
ここで重要なのは、普通に住んでいて自然に生じる劣化(経年劣化)や、通常の使用で生じる損耗(通常損耗)は、原状回復の対象に含まれないという点です。これらは家賃に含まれて回収されているという考え方が、ガイドラインの土台になっています。
経年劣化・通常損耗は貸主負担が原則
ガイドラインは、損耗を大きく次の2つに分けて負担者を整理しています。
| 区分 | 内容 | 負担者 |
|---|---|---|
| 経年劣化 | 時間の経過で自然に価値が下がる劣化 | 貸主 |
| 通常損耗 | 通常の生活で生じる損耗 | 貸主 |
| 故意・過失等 | 不注意・手入れ不足による損傷 | 借主 |
貸主負担となる例(借主は払わなくてよい)
- 家具の設置による床・カーペットのへこみ、設置跡
- テレビ・冷蔵庫等の裏面の電気ヤケ(黒ずみ)
- 日照や時間経過によるクロス(壁紙)の変色・日焼け
- 鋲(びょう)・画びょうの穴など、下地ボードの張り替えを要しない程度の穴
- 次の入居者確保のためのハウスクリーニング(通常の清掃を実施している場合)
冒頭のご相談事例で問題だったのは、まさにこの「日焼けによるクロスの変色」や「通常のハウスクリーニング」まで借主負担とされていた点でした。
借主負担となる「故意・過失・善管注意義務違反」の具体例
一方で、借主の不注意や手入れ不足による損傷は借主負担となります。善管注意義務とは「善良な管理者の注意義務」の略で、借りているものを常識的な範囲で大切に扱う義務を指します。
借主負担となる代表例は次のとおりです。
- 飲み物等をこぼした後の手入れ不足によるカーペットのシミ・カビ
- 結露を放置して拡大させた壁・窓枠のカビ・腐食
- タバコのヤニ・臭いがクロス全体に及び、クリーニングで除去できない場合
- 引っ越し作業や日常の不注意でつけた床の深い傷・へこみ
- ペットによる柱・壁等の傷や臭い(飼育可物件でも過失分は対象)
- 釘打ちなど、下地ボードの張り替えが必要な穴
ポイントは「損傷そのもの」だけでなく「手入れを怠ったかどうか」が問われる点です。結露やこぼれは生活上避けられませんが、放置して被害を拡大させた部分は借主の責任と評価されやすくなります。
2020年改正民法621条で原状回復義務が明文化された
これまでガイドラインは法的な強制力を持つものではなく、あくまで「裁判等の判断指針」という位置づけでした。これが大きく変わったのが、2020年4月1日に施行された改正民法です。
改正民法621条は、原状回復義務について次の趣旨を明文化しました(条文は要約。正確な文言はe-Gov法令検索でご確認ください)。
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷について原状回復義務を負う。ただし、通常の使用収益によって生じた損耗(通常損耗)および経年変化は除く。
つまり、これまでガイドラインで示されてきた「通常損耗・経年劣化は借主負担にならない」という原則が、法律のルールとして明確になったのです(2026年5月現在)。退去時の請求に疑問があるときは、ガイドラインだけでなく民法621条という法的根拠も示せるようになりました。
ただし、契約書に「通常損耗も借主が負担する」といった特約が記載されているケースもあります。こうした特約が有効かどうかは、借主が特約の内容を明確に認識し合意していたか等、個別の事情によって判断が分かれます。ご自身の契約書の文言と請求内容が食い違うと感じたら、署名前・退去前のいずれの段階でも、一度専門家に状況を整理してもらうことをおすすめします。私たちROCKEDGEでも、契約書と退去精算書を照らし合わせる無料相談を承っています。
敷金が返ってこないときの相談窓口と少額訴訟
「請求がおかしい」と感じても、どう動けばよいか分からず泣き寝入りしてしまう方が少なくありません。手順を整理しておきましょう。
ステップ1:証拠を残す
- 入居時・退去時の室内写真(日付入り)
- 賃貸借契約書、重要事項説明書
- 退去時の精算書・見積書の明細
ステップ2:相談窓口を利用する
敷金トラブルは、お住まいの自治体の消費生活センターや、消費者ホットライン「188(いやや)」で相談できます。第三者に状況を説明することで、請求の妥当性を客観的に判断する材料が得られます。
ステップ3:少額訴訟という選択肢
話し合いで解決しない場合、少額訴訟という制度があります。これは60万円以下の金銭の支払いを求めるトラブルについて、原則として1回の審理で判決が出る簡易な裁判手続きで、簡易裁判所に申し立てます。敷金返還のような少額のトラブルに向いた制度です。手続きの詳細や必要書類は、裁判所のウェブサイトで確認できます。
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