この記事でわかること
- 相続放棄をしても、空き家などを「現に占有している」場合は管理(保存)義務が残ること
- 2023年4月に施行された改正民法940条で、義務を負う人の範囲がどう変わったか
- 相続人全員が放棄したあと、誰がその不動産を管理するのか
- 管理義務を最終的に断ち切るための「相続財産清算人」と「相続土地国庫帰属制度」という2つの手段
- 放棄を検討する前に確認しておきたい費用と注意点
相続放棄をすれば、はじめから相続人でなかったものとみなされます(民法939条)。ただし、改正民法940条により、放棄時にその財産を「現に占有している」人は、次の管理者へ引き渡すまで保存義務を負います(2026年5月現在)。放棄=即・管理から解放、ではない点に注意が必要です。
先月、ご相談者様から実際に受けたケースをご紹介します。地方の実家(築50年の空き家)を相続することになった方が、「兄弟全員で相続放棄をしたから、もう実家のことは考えなくていいと思っていた」とおっしゃっていました。ところが、その方は数年前から実家の鍵を預かり、年に数回、草刈りや換気のために通っていらっしゃった。「現に占有している」状態に近く、放棄後も建物が倒壊して隣家に被害を与えれば責任を問われかねない状況でした。放棄の手続きそのものより、「そのあと誰がどう管理を引き継ぐか」の設計が抜けていたのです。この記事では、同じ不安を抱える方に向けて、24年間不動産の現場に立ってきた立場から整理します。
相続放棄の効果と「管理義務」の関係は?
相続放棄とは、家庭裁判所に申述して相続人の地位そのものを手放す手続きです。民法939条は「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす」と定めています。つまり、預貯金や不動産といったプラスの財産も、借金などのマイナスの財産も、いっさい承継しないのが原則です。
ここで多くの方が誤解するのが、「相続人でなくなる=その財産に一切関わらなくてよい」という思い込みです。実際には、放棄したあとも一定の場合に「保存義務(管理義務)」が残ることがあります。なぜなら、相続人全員が放棄した不動産がただちに無人・無管理になると、近隣の安全や財産の価値が損なわれてしまうからです。
「相続分の放棄」「遺産分割で取得しない」との違い
「放棄」という言葉は日常的に広く使われますが、法的には次の3つを区別する必要があります。
| 用語 | 内容 | 借金の承継 |
|---|---|---|
| 相続放棄(民法939条) | 家庭裁判所への申述で相続人の地位を放棄 | 承継しない |
| 相続分の放棄 | 相続人間でプラス財産の取り分を放棄 | 承継する場合がある |
| 遺産分割で取得しない | 話し合いで特定財産を取得しないと決める | 相続人のまま |
借金を引き継ぎたくない場合に有効なのは、原則として家庭裁判所への「相続放棄」です。相続の開始を知った時から3か月以内(熟慮期間)に申述する必要があります(2026年5月現在)。
2023年改正の民法940条で何が変わった?
ここが本記事の核心です。2023年4月1日に施行された改正民法940条によって、放棄後の保存義務を負う人の範囲が明確になりました。
改正前の旧940条は、放棄をした者は「その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない」とされ、義務を負う対象や物の範囲が曖昧でした。遠方に住み、実家に一度も足を運んでいない相続人まで管理責任を問われかねず、実務上の混乱がありました。
改正後の新940条1項は、保存義務を負う人を「相続の放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有している」者に限定しました。そして、その物を相続人または相続財産清算人に引き渡すまでの間、「自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない」と定めています。
ポイントは次の2つです。
- 対象者の限定:義務を負うのは「現に占有している」相続人だけ。一度も使っておらず、鍵も持っていないような相続人は、原則として保存義務を負いません。
- 義務内容の明確化:「管理を継続」ではなく「保存」へ。価値を維持する最低限の保存に範囲が整理されました。
Q: 実家を相続放棄しました。私は遠方に住み、一度も住んだことも鍵を持ったこともありません。管理義務はありますか? A: 「現に占有している」状態にあたらなければ、改正民法940条の保存義務は原則として生じません。ただし、占有の有無は事実関係で判断されるため、鍵の保管や定期的な出入りがある方は、個別に確認することをおすすめします(2026年5月現在)。
「現に占有している」とは具体的にどんな状態か
法律上、明確な数値基準はありません。一般的には、その不動産を事実上支配・管理している状態を指します。たとえば、鍵を保管している、家財がそのまま置かれている、定期的に出入りして草刈りや換気をしている、同居していた、といった事情があると「現に占有」と評価されやすくなります。冒頭のご相談者様は、まさにこの「鍵を預かり定期的に通っていた」点が問題でした。
全員が相続放棄したら、空き家は誰が管理する?
相続人全員が放棄すると、その相続財産には承継する人がいなくなります。この状態を整理するために設けられているのが「相続財産清算人」の制度です。
2023年の改正で、従来の「相続財産管理人」のうち清算を担う役割は「相続財産清算人」という名称に整理されました(民法952条)。利害関係人(債権者や、隣地所有者など)や検察官の申立てにより、家庭裁判所が選任します。清算人は、財産を管理・換価し、債権者へ弁済し、最終的に残った財産を国庫に帰属させます。
「現に占有している」相続人の保存義務は、この相続財産清算人へ財産を引き渡した時点で終了します。つまり、清算人の選任は、放棄後も残った管理義務を断ち切る正攻法のひとつです。
予納金という現実的なハードル
ただし、相続財産清算人の選任には申立人が「予納金」を家庭裁判所に納める必要があるのが一般的です。これは清算人の報酬や管理費用に充てられる費用で、事案によって数十万円〜100万円程度になることもあります(金額は家庭裁判所が事案ごとに定めるため、あくまで目安です)。財産にめぼしい価値がなければ、この予納金が戻ってこないこともあり、「放棄したのに自腹で数十万円」という負担感から、申立てをためらう方が少なくありません。
管理義務を断ち切る選択肢の整理
放棄後の保存義務から確実に解放されるには、「誰かに引き渡す」ことが必要です。主な選択肢を整理します。
- 相続財産清算人の選任を申し立てる:清算人へ引き渡せば保存義務は終了。ただし予納金の負担がある。
- 相続土地国庫帰属制度を検討する:2023年4月27日に施行された制度で、相続・遺贈で取得した土地を一定の要件のもとで国に引き取ってもらえます。建物がある土地は対象外など要件が細かく、審査手数料・10年分の管理費相当額の負担金が必要です。この制度は「放棄した人」ではなく「相続で取得した人」が使うものなので、放棄するか・取得して国庫帰属を使うかは入口で判断が分かれます。
- 放棄前に売却・引受先を探す:そもそも放棄せず、買い手や引受先を確保してから手放す方が、結果的に負担が軽く済むケースもあります。
実務では、「放棄ありき」で進めてしまうと、かえって清算人の予納金という想定外の出費に直面することがあります。財産にいくらかの価値が残っている場合は、放棄ではなく、相続したうえで売却・活用や国庫帰属制度を検討した方が、トータルで損が小さいことも少なくありません。どの道筋が向いているかは、不動産の状態・占有の有無・他の相続人の意向によって変わります。判断に迷ったら、放棄の期限(熟慮期間3か月)が来る前に、早めに専門家へ相談されることをおすすめします。私たちROCKEDGEでも、放棄すべきか・手放す別の方法があるかを一緒に整理する無料相談を承っています。
相続放棄前に確認したいチェックポイント
- 自分はその不動産を「現に占有している」状態か(鍵・家財・出入りの有無)
- 他の相続人や次順位の相続人が管理を引き継げる状況か
- 相続財産清算人を選任する場合、予納金を負担できるか
- 放棄ではなく、売却・国庫帰属など別の出口がないか
- 熟慮期間(3か月)の残りはどれくらいか
なお、本記事は一般的な制度の解説です。占有の有無の評価や、清算人選任の要否は、個別の事情により異なります。詳細はお住まいの地域の家庭裁判所や、司法書士・弁護士などの専門家へご相談ください。
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